言霊






あれからどうやって藤姫の屋敷に戻ったのかは覚えてない。
いつもと同じ様に目を覚ましたと思ったけれど、
目を開けると自分が何処にいるのか分からないくらい暗かった。
ぺたぺたと裸足で歩きながら廊下に出ると、床掃除をした日を思い出した。
星と月の光で外は思ったより明るくて、なんだか落ち着かない。
雨が降って欲しいとは言わないから、せめて曇が空を覆ってくれればいいのに。
私の上だけで良い。
私が作り出す光が天までまっすぐ貫かないように。





誰かに気付かれのは避けたかったので、また床に戻った。
風が戸に当たる音を聞いているうちに空は白んできて、朝になった。
様子を見に来た詩紋くんに、私は丸一日寝ていたのだと聞かされた。
詩紋くんの私を見る目が変わっていないか、少し緊張した。
でも詩紋くんの優しさは変わらずそこに存在して、惜しみなく私に向けられていた。





こんなにも私に尽くしてくれる人達を前にしながらも、私はあの人を選んだ。
私ははっきりと口にした。
季史さん、あなたといる、と。
自分を裏切ることよりも、みんなを裏切ることを選んでしまった。
確かに封印には成功した。
私が「封印」の力を手に入れることは、星の一族にとっても、八葉にとっても、望んでいたことだったはず。
それでも私は口にしてしまった。
あなたといる、と。
神子失格。そんな言葉が脳裏に浮かんでは消えるけれど、大したことではないとも思う。
今この胸が痛むのは、確かにあの人と私が出会った証。
この痛みがいつまでもいつまでも、私を泣かせてしまえばいいのに。





「・・・詩紋くん」
金色の髪をきらきらと輝かせて、詩紋くんは振り返った。
「なぁに、あかねちゃん」
涙が出そうな程優しい声が響いた。
「昨日は雨降った?」
鋭い彼には気付かれてしまったかもしれない。
咄嗟に後悔したけれど、彼は全く声のトーンを変えずに答えてくれた。
「降ってないよ」
「ほんと・・?」
「うん」
私の隣に腰を下ろして、何かを確かめるように私の視線の先を追った。
「・・・ガラス」
「え?何て言ったの、あかねちゃん」
「窓ガラスがあれば雨が入ってこないのにね・・・」
「・・・そうだね」
私の意味を成さない言葉に、相槌を打ってもらうと、涙が止まらなくなった。
膝に袖を乗せて顔を押し付ける。
「雨が・・・降らないかなぁ・・・」
口に出すと、言葉が更に私に圧し掛かってくる。
「このまま・・雨が降らなかったらどうしよう・・・」
込み上げて来る苦しさに頭が埋め尽くされて、傍に誰が居るのかも分からなくなる。
広くて暗い廊下に、自分が一人で座っている錯覚さえする。
「・・・雨が」
私の背中に何かが触れた気がする。
顔を上げても、涙を拭ってくれる指はもう無いから。
顔を上げないまま。
私は待ち続ける。
雨が降る。その時を。











思ってることを言葉にすると力を持ってしまうんだよ、というはなし。