慟哭の昼




私の周りの人は皆、優しい。
詩紋くんの気遣いとか、鷹通さんの礼儀正しさとか、頼久さんの誠実さとか。
もちろんそれだけじゃないけど、根底には見返りを求めない優しさがあると思う。
だから鷹通さんのお屋敷の前で、大きく手を振った時、
とても自分が嫌になった。
私が笑って明るく振舞えば、みんなの期待に応えられた気がしてちょっと安心する。
みんなが知ってる私はきっと、別れの時には笑顔で大きく手を振るはずだから。
だから今日の私もそうした。
今日はお話をしてる時に何度か俯いてしまったから、だからせめて別れの時だけは。
そんなことを考えながらも、まだ頼久さんが一緒だから気を抜けないと思った。




「大切な神子殿に何かあるといけませんから」と言われながら、
鷹通さんの言う通りにこの面をすぐに手放す気がない自分に気付いた。
今この瞬間、あの人と私を繋いでいるのはこの面だけで。
だからこれを手放すなんて絶対出来ない。
これを返そうとすれば再びあの人に会えるけど、
でももう少し保留したい。
この面について考える振りをして、あの人のことを考えていたい。
危険と言われた面を直ぐに手放さないのは、みんなへの裏切りになるのだろうか。
どんなことをしたら、みんなを裏切ったことになるんだろう。
私を守ってくれる八葉のみんなへの。





並んで座って、あの人がくれた言葉は、私の心に根を張った。
誰かが私を神子殿、と呼ぶ度に、優しい声を甦らせながら深く深く根を延ばす。
貰った瞬間はただ大きくて暖かいだけだったけど、今も眩く変わってゆく。
そんな言葉。
私が欲しくて堪らなかった言葉。
こんなに大勢の人に親切にされながらも、それまでは自分が何を欲しがってるのか分からなかった。
言葉が欲しかったのか、そう言ってくれる人が欲しかったのか、今も分からないけれど。
もうどちらでもいい。
これが人を想うということ。
あの人が私を救い上げてくれた。
私が気付かないうちに、もっと黒くて深いところに行く前に。
救い上げてくれた人。
なんて勝手な恋だろう。
もう一度会って、また新しい言葉を貰いたい。
あの声で紡ぐ、優しい言葉を。
本当に勝手な恋。




優しい言葉をくれる人。
あの人は優しい人でした。