常に前を見据える、強靭な瞳




アンネリーゼが早朝の走り込みから、革命軍の駐屯地へと戻ってくると、ちょうどテントからナオジが出てきたところだった。
駐屯地の周りを毎朝走るようになったのは、ここ2週間くらいだ。
満足に訓練が出来ない程、革命軍は物資が不足しているわけではない。
しかし、十分とは言えない弾薬はこの革命が起こってから軍人になった様な兵士の訓練に回すべきであり、士官学校やその後の軍隊生活の様に訓練をすることは出来なかった。
することと言えば新人兵士の指導か雑用くらいで、彼女は自分の軍人としてのスキルが下がって行く不安に怯え始めていた。
革命軍のトップであるルードヴィッヒやナオジのいる隊は、それまでの様な上下関係が目立つことはなく、兵士達が信頼し合った、何処か心地の良い空気が流れているのも事実だった。
それは軍隊としては良いことなのかもしれない。
同じ目的の為に集まり、その名の下に兵士達の絆は強くなる。
だが、『軍人』という身分の自分自身にとってはどうなんだろう。
もっと強く、揺ぎ無い意思の下に軍人でありたい。それがリーゼの願いだった。



「こんな時間にどうしたのですか?」
少し疲労した様子の、息切れをした彼女を見るのは初めてだと、ナオジは思った。
「走り込みから帰って来た所です」
「走り込みですか?」
昼間あれだけの訓練をこなしておきながら、更に体を鍛えているとは。
何がそこまで彼女を駆り立てているのか。
何がそこまで彼女を追い詰めているのか。
「アンネリーゼ殿・・・」
過剰なトレーニングは逆に体を傷つけるとか、早朝とは言え、無断で駐屯地を出るのは慎むべきだとか、
そんな言葉で彼女を止めようとしている自分が居た。
彼女は何処か驚いた顔をしながら、上官である自分を前に真っ直ぐに姿勢を伸ばして立っている。
早くキャンプに戻って汗をかいたシャツを替えたいであろうに、拘束しているのは自分である。
こんな時、オルフェやカミユならどんな風に話し掛けるのだろう。
一番上手く振舞えるのはエドだろうか。
「日中の合同訓練では物足りないですか?」
「その様なわけではありません。ただ、もっと体力をつけたいと考えていますので」
「良い心構えですね。軍人の鑑です」



こんなことが言いたかった訳ではない。
もっと上手く彼女を褒められたらいいのに、そしてもっと上手く彼女を気遣えたらいいのに、とナオジは思った。
上官として部下を認めるのではなくて、ただ、彼女の軍人として前向きな姿勢に、仲間として賞賛したい。
警告したり、心配するのではなくて、上手く気遣いたい。
その、常に前を見据える強靭な瞳と共に闘えて嬉しいと、
これからも共に進んで行きたいと、素直に伝えたいだけなのだ。
何故それだけのことが、今の自分は出来ないのかと、
問い続けるけれど。



ナオジはそっと彼女の肩の上に手を置いた。
「間もなく朝食になりますよ。早く着替えてきた方が良さそうですね。
引き止めてしまってすみませんでした」
そう言って微笑むと、アンネリーゼは少し安堵したような表情になった。
「では、失礼致します」
鮮やかに髪を翻して、彼女は駆けていった。