美しい筈の月





7 決意




藤姫の館で行なわれていた八葉と神子達の会議の会場は、
今は「ファミレス」とか云う場所に移った。
私達に分かるのは、ここは2006年の日本で、かつて神子達がいた世界だということ、
最後に京で神子が龍神に願いをきかれた後、我々はほぼ同時にこの世界に来たということ。
そして、八葉の玉は無くなっているということ。
「そして我々には元の世界に帰る術が分からないということだ」
「でも俺や詩紋はともかく、他4人もこっちに飛ばされたってことはさ、
 頼久と永泉だっているかもしれないぜ」
「その可能性は大いに考えられますね」
鷹通はおとなしく相槌を打った。
「どこかで困ってなければいいけど」
「そうだよなー。怨霊は居なくても、車だのバイクだのがばんばん走ってるもんな。
 危険なものも多いぜ」
「『くるま』に『ばいく』ですか・・・」
「ああ。牛車なんかよりずっと速く移動できるぜ。
 その代わり衝突したり、轢かれたりなんかすれば死ぬ事だってあるからな」
「ちょっと天真くん!そんな縁起でもない」
天真の不吉な言葉に、あかねは思わず抗議の声を挙げた。
「そうだよ。天真先輩!それに頼久さんならしっかりしてるし・・・」
「だけど、刀を抜いたら警察に捕まるぜ」





「知らない方に話しかけるというのは、大変緊張するものなのですね。
 私の至らなさを改めて知らされます」
永泉と季史は何度もすれ違う人々に、
ここがいつの、何処なのか、問おうとしていた。
永泉は何か言っても曖昧な答えしか返さない季史とのやりとりにまず疲弊し、
人に尋ねることをやっと決めても、季史が女性に話しかけようとすれば、
永泉が躊躇い恥ずかしがり、もう彼の限界を超えていた。
やっとのことで声をかければ、今度は不振がられてしまう。
こんな時、神子殿ならばどうするんだろう。
兄上だったら。
天真殿、友雅殿だったら。
こうやって、また自分と他人を比べてしまうのも悪い癖だと知りつつも、
弱気になった永泉にそれをやめることは出来なかった。
「仕方ない、移動するとしよう」
季史はまったく表情を変えずに言った。
彼は疲れていないのだろうか。
すぐにでも座り込みたい永泉は、涼やかな表情の季史が少し怖かった。
「夜になれば冷えるだろう。
 何処か屋内に入れればよいのだが」
永泉の気持ちを知ってか、知らずか、季史は空を見上げながら言った。





世の中には2種類の人間がいる。
勘や予想といったものをあてにする人間と、そうでない人間と。
自分は割と前者で、確証の無い自分の気持ちなどに従ったからといって、
さほど悪い経験をしたことがなく、この歳まで生きてきてしまったことが、
ますますそれが助長させているのだろうと友雅は思っている。
また、自分は割り切って考えるのが得意な方で、
そのお陰で神子と呼ばれる少女とであってからの日々を
ここまで過ごしてくることが出来たのだと思っている。
だから多分、鷹通や頼久のような人間には自分の数倍は辛いことだったのだろう。
この世界に飛ばされたということは。
よくもまぁ、狂い出さないものだ。
龍神はいったい何を企んでいるのだ。
これは何の試練だというのだ。
自分達を神子の世界へと共に帰すのが、神子の望みだとはおおよそ考えられない。
そんな己惚れはない。
頼久も永泉も、必ずこの世界のどこかにいるのだろう。
そして再び出会う日が来るのかもしれない。
それだけ「心」や「絆」といったものを重んじてきた龍神は、
まだどこかで我々を見ている。必ず。
だからこそ願おう、神子。
貴女の願いが叶うことを。





「あの・・・お聞きにならないのですか」
「何をだ」
「季史殿があの世界を去ってからのことです」
本当のところ、永泉はいつ聞かれるのかとずっと焦っていた。
神子が季史を封印した後のことを季史本人に尋ねられたら、
今の永泉には理路整然と説明する自信が無い。
いや、もとから理路整然と話すことは中々出来ない人間なのだけれど、
この人の静かな瞳を前にしては、到底不可能だろう。
「聞いて欲しいのか」
季史は顔だけこちらに向けて返事をした。
「いえ・・・その・・・」
季史本人は浮かんだ疑問を素直に口にしているだけに違いないのだけれど、
今の永泉には自分の気持ちを見透かされたように聞こえてしまう。
「八葉と言ったな。恨んでいるのだろう、私のことを。
 当然のことだ。恨むなとは言わない。けれど」
そこまで言って、季史は一度口を閉じた。
「なんでしょう」
「けれど、我々はこの状況を脱しなければならないだろう。
 私は死んだ身だが、そなたは違う。
 そなたは自分の世界に戻りたいのではないのか」
季史の瞳は、声は、優しかった。
永泉は頼り縋って、甘えたくなった。
流れ込んでくるように、彼に惹かれた神子の気持ちが理解できた気がした。
今まで、自分は決断することにも、もう決めてしまったことにも、
直ぐに自信を持てずにいた。
でもこの時は、この時初めて、永泉は自分の素直な気持ちに任せて決めてしまった。
季史について行きたいと。











続く