美しい筈の月





6 迷込




季史がまぶたを開くと、灰色の空が目に映った。
自分は何かに腰掛けた体勢で意識を失っていたらしい。
ここはいったい何処だ。
あかねの前で舞を待ったのが、つい先程のように思える。
「あかね・・・」
怨霊と成っていた自分は浄化されたのではなかったのか。
愛しき者の手によって。
ならば何故ここにいる。
自分の前を、次々と人が行き交う。
しかし人々の様子に何処か違和感を覚える。
季史は木製の横長の腰掛のようなものから立ち上がり、
人々が向かっていく方に歩き出した。





別にこそこそする必要は無いんじゃないか、という天真の意見のもとに、
この日あかねは友雅らと共に、あかねや天真が通う学校の近くのファミリーレストランに集まっていた。
自分が京の世界に気軽に出歩いていたように、もちろん彼らがこの世界について知るのはいいことだと思う。
天真は自分から言い出した癖に、その店は中学の同級生がバイトしてるから嫌だ、
とかごねる天真をどやしつけ、あかねと詩紋が先頭だってこのファミレスにやってきた。
来る途中も、イノリは相変わらずきょろきょろと周りを見回しており、
鷹通は何か考え込んでいる様子で歩いていた。
少し恥ずかしい気もしたけれど、あかねは誰にも表情を見られないように、
集団の先頭を歩いた。
今は、それが危険だという頼久も居ない。
今は精一杯、彼らが現代に来てしまったという現実に没頭しよう。
目の前のことに集中すればいい。
今までそうしてきたように。





木の葉は青々と茂り、日差しは柔らかくない。
どうやら今は夏を迎える前らしい。
もちろん彼は、彼が知るような四季が巡らない場所が存在するなんて知らない。
だから彼は想う。
あの晩から幾度冬が訪れ、春が巡ったのかと。
「多・・・季史殿」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、何処かで見たことのあるような人物が立っていた。
長く後ろに流された青い髪。
どこか少女のような顔立ち。
「多季史殿・・・ですね」
その人物は驚きを隠そうともせずに、自分の名を確かめた。
「そうだ。そなたは・・・」
「私は御室の僧をしておりました、永泉と申します」
「何処かで出会ったことがあるだろうか」
「はい。私は神子の・・・龍神の神子であった元宮あかね殿の八葉を務めさせていただいていました」
「あの時の一人か・・」
確かに、永泉と季史が対面したことは本当に数える程しかない。
「何故あなたが、いえ、あなたもこの世界にいるのでしょう」
「この世界が何処なのか、そなたは知っているのか?」
思わず語気に勢いがつくと、永泉は怯えるように顔を上げた。
「いえ!申し訳ありません・・
 私にはここがいつの時代の、どこなのか、皆目見当もつきません」
「そうか・・」
季史は無意識に足元を見下ろしていた。
「人々の言葉は、私達のものと似ているようですね」
「ああ」
「装束などは大きく異なるようですが」
呆然と立ち尽くしていたのは、どうやら自分だけではなかったらしい。
「しかし、我々はここでは異端の者のようだな」
「ええ、まるで鬼でも見るかのように・・・あっすみません。
 私はまた配慮の足りない言葉を・・・」
永泉の態度は自分が怨霊と成っていたことを指しているのだろう。
嫌な気持ちはしなかった。
自分が怨霊として、強い憎しみを覚えたり、また、怨霊と化したことを恥じたりしたことは、
ほんの先程のことだったはずなのに、
遙か昔のことのように感じる。
「季史殿っ。あちらにいる若い女性を見てくださいっ」
永泉が突然、そして周囲の目を気にするように、小さな声で言った。
栄泉の指す方に目をやると、そこには年若い少女達が並んで笑いながら歩いていた
「あの少女達の装いは、神子がよく御召しになっていたものと似ているように思えるのですが・・・
 初めて神子殿や天真殿にお会いした時、あの様な上着を御召しになっていて、
 履物などもとても似ているように見えるのです」
必死に私の同意を求めようと、視線を合わせてきた。
確かに、最初に神子に会ったとき、あのような形の黄色い衣を腰に纏っていた。
「神子にお話を伺ったことがあります。
 神子の世界では、成人する前の若人達は皆で同じ装束を着て、
 一つの場所で学ぶのだと・・・」
「どうやら、考えてみる価値はありそうだ」











続く