美しい筈の月





4 洋菓子




「途方に暮れる」というのは、こんな状態を言うのだろう。
あかねは目の前の人物を受け入れたくなかった。
いきなり現代に連れて来られ、本当に困っているのは泰明の方だろう。
京に飛ばされた時の私のように。
あの時の私には、少なくとも詩紋くんと天真くんがいた。
不安な気持ちを理解できるのは私のはず。
それなのに。
自分の思いだけで一杯になってしまう。
どうしてなの。
私が求めたのはあの人なのに。
初めて会った時よりずっと表情を見せるようになった瞳で、泰明はあかねを見ている。
「神子、お前はこまているのか」
あっさりと言い当てられてしまう。
「だって泰明さん・・・仕方ないですね。
 取り敢えず体を乾かせる所に行きましょう」





泰明を連れて帰れば、当然お母さんは驚くだろう。
唯でさえこの数日間、ぼんやりしていると心配されたばかりだ。
詩紋くんか天真くんに相談してみようか。
でも、それも何だか気が引ける。
でもこのままには出来ないし、可能なら何か食べさせてあげたい。
それでも真っ直ぐとあかねを見つめる泰明の視線に耐えられずに、
あかねは携帯電話を開いて、詩紋の番号を呼び出していた。





結局、詩紋くんの御祖父さんのところで預かってもらえることになり、
待ち合わせした場所に詩紋が現れると、あかねはその場にへたり込みたい気分になった。
相変わらず神子と呼ぶ泰明を気遣うのが精一杯で、そんな様子を察したのか、
泰明は異世界について何一つ訊ねなかった。
本当ならば見るもの全てが初めての世界で、あれは何、
これは何だと質問したくて堪らないだろうに、
泰明は何度か小さく「すまない」と言っていた。
私の感情を読み取ろうと、私の顔の中心を見つめる仕草が、
何だか苦かった。





それから何にちかは、放課後に詩紋くんと泰明に会いに行く日が続いた。
天真はなんだかんだと理由をつけて、一度も一緒には来なかった。
「悪い悪い」と言いながらも、笑ってごまかそうとする様子は、
安心できた。
少なくとも、あの頃のように罪悪感を背負える限り背負った「悪い」ではなかった。
「天真先輩、毎日何やってるんだろう」
呆れたように詩紋が呟く。
「いつものことじゃない」
「え?」
「いっつも一人で忙しそうにしてたじゃない、天真くんて。
 それは向こうに居る間も、そうだったでしょう?」
「そうだね。イノリくんでも居れば止めてくれるのにね」
詩紋が下を向いたまま笑うと、あかねも声を上げて笑った。
隣を通り過ぎていった同じ制服姿の女の子が、振り返った。





「それじゃあ今日も行きますか!」
「うん!今日はどのお店にする?
 駅からちょっと歩くけど、奮発してモンブランなんてどう?」
あかねのはしゃいだ声に、詩紋は自分も波長を合わせようとする。
二人は泰明に色んな食べ物を教えてあげる、という名目において、
泰明に会う前に毎回お菓子を買っていた。
それはあかねにとって、純粋な楽しみなんだろう。
「もーあかねちゃんが食べたいだけでしょ〜」
3人でお菓子を食べる、ささやかな楽しみを共有できるのが嬉しい。
でもあかねと一緒にお菓子を選びに行けるのは自分だけの特権で、
これだけは手放したくない、と思う。
こっそりと通学鞄を持ち替えた手を繋げる日は訪れないことは知ってるけれど、
今は嘆かない。











続く