美しい筈の月





3 傘




その日は私が現代に戻ってきてから初めての雨の日だった。
教室の窓から外を眺めると、校庭に降り注ぐ雨の無効に人影が見えた気がした。
雨の日は気持ちが沈む。
今まではそれが当たり前だった。
大きく吸い込んだ空気が胸で重くなる。
でも今はそれだけじゃない。
私の中にかすかな期待が生まれて、鼠色の空を見るたびにその期待は大きくなる。
あの人に会いたい。
龍神はどうして私の願いを聞き届けてくれなかったんだろう。
考えないようにしていた疑問が口をついて出そうになる。
いや、疑問じゃなくて不満かもしれない。
そして不安かもしれない。
私は神子としても氏名を果たしきれていなかったのかもしれない。
だから龍神は私の最後の願いを聞いてくれなかったのだとしたら。
我ながら幼い考えだと思う。
でもこの気持ちは消えないのだから、どうしようもない。





水玉模様の折り畳み傘を差して、一人で下校した。
天真くんは用事があるらしい。
ナイロンの軽い生地が妙に安っぽく感じられて、自分は現代に帰ってきたのだと思い知らされた気がした。
そう言えば、前に使っていた傘は台風で歪んで、お母さんのお古の焦げ茶色の傘を借りているままだった。
たまには一人でショッピングもいいよね。
京ではそんなこと、まず無かったもの。
あかねは少し離れた駅ビルに行こうと、途中下車した。





折角ならお気に入りの雑貨屋さんで買おう。
木の装飾がついた持ち手の傘のところから、色を迷う。
前とは違う色にしたいな。
数分間悩んで、濃紫の傘を手に取った。
この色にしよう。
レジで直ぐに使うからと言って、タグを取ってもらい、お店から出た。
バス停に一人で買ったばかりの傘を差して立っていると、雨は次第に強くなってきた。
もうちょっと明るい色がよかったかな。
通学鞄が濡れない様に、前で抱きかかえる。
傘の骨を見上げていると、気が付いてしまった。
この色はあの人の衣の色だ。
京の橋で、私に衣を掛けてくれた人。
無意識にこの色に手を伸ばしていたのかと思うと、少し怖い気がしてしまう。
天真くんや詩紋君はもう気付いているのだろうか。
私がまだあの人を思っていることに。
別にいいじゃない。私の気持ちなんだから。
もう龍神の神子の役目は終わったの。
二人はもう八葉ではない。
だから玉も無い。
私の心の針が振れ切っていても、この苦しさが伝わることはない。




バスのつり革に掴まって、曇ったガラスの向こうを見ていると、
見覚えのある髪が目に飛び込んできた。
あの肌の色の持ち主を、私は一人しか知らない。
手が勝手に『次止まります』のボタンを押し、バスの最前部へと向かっていた。
ステップを駆け下り、バスの走ってきた方向へ走り出す。
「泰明さん!」
「・・・神子」
「泰明さん・・・なんで貴方が」
「これがお前の世界なのだな、神子」










続く