美しい筈の月





1 帰還



それは私が最初の「封印」に成功してから季節がいくつか巡った後のこと。
この京での龍神の神子としての使命を達成した私に、龍神は私の願いを叶えよう、と言った。





気が付けば、全ての始まりの日と同じ場所に3人は座り込んでいた。
天真は大声であかねの名前を呼び、詩紋は自分の着ている服を見て歓声を上げた。
戻ってくることが出来た。平成の、かつて自分達が生活していた場所に。
まだぼんやりとしているあかねが心配だったが、天真はこの幸運を確かめる為に立ち上がって歩き出した。





「おい、あかね!見ろよ!本当に帰ってきたんだ、俺達」
天真はこちらに歩いてくるスーツを着た男性を指差して言った。
「やったね!あかねちゃんが願ったから、僕達は帰って来れたんでしょう?」
ようやく言葉らしい言葉を口にした詩紋の表情も、次第に明るくなってきた。
天真と詩紋は、あかねが現代に帰りたいと龍神に願ったから戻ってくることが出来たのだと、信じた。
だから何も言わないあかねを見ても、実感が沸かずにいるのだと確信していた。
あかねはのろのろと立ち上がると、はしゃぐ二人の後を追った。





これが、私の望んだことなの?
あかねは暫くの間、自分の見ている景色を信じられずにいた。
私が龍神に告げた私自身の願いは、こんなものだっただろうか。
それとも私の心の奥底では、ただ現代に戻ることを望んでいて、龍神はそれを見抜いたと言うのだろうか。
でもあの時確かに、私の心を支配した願いは・・・・





3人は街に出ると、行き交う自動車や人の姿に戸惑い、
とにかく感覚を戻そうと、ファミレスに入って洋食らしい洋食をそれぞれ注文した。
あかねがパスタを食べ終えた頃に、3人はやっと会話らしい会話をすることが出来るようになった。
それから図書館に向かい、昨日の新聞やら歴史の本やらを漁り続けた。
そんなことを三日も繰り返すと、なんとか学校に行く勇気を出すことが出来た。





「天真先輩は何か分かったの?」
「いーや。歴史の教科書の内容が前と変わってるようには見えないしなー」
明らかに教科書類ははいっていなさそうな通学鞄を提げた天真は、欠伸をしながら詩紋の問いに答えた。
天真は表情を変えないあかねを見て、わざといつもより明るい声をだした。
「これから何でも分かったことがあったら、自分以外の二人に教えるって決めようぜ」
「ボクは賛成だな。あかねちゃんは?」
「うん、そうだね」
何処か歯切れが悪い返事をするあかねの表情を、詩紋が覗き込んだ。





何日かタチ、詩紋はそれまで毎日していたように、そして自分がそうするべきであるように、
学校へ行った日の帰りのことである。
郵便局の角を曲がる鮮やかな波打つ緑色の長髪を見た。
その後姿は明らかに男性のもので、自分が何度と見たことのあるものだった。
思わず息を呑んで、その後はその背中を追っていた。
こんなに飄々としていながら、それでいて逞しい、頼れる背の持ち主を一人しか知らない。
だがその人はこの時間の人ではない。
この世界にはいないはずの人物だ。
ジーンズにセーターに身を包んで、自分の街を歩いているはずが無い。
「友雅さん!」
その背が振り返った。








続く