Know Your Enemy



その時二人に何があったかは知らない。
ミンナ達は当然のようにこの件についても噂話をしていたけれど、本当のことは分からない。
気にならないと言えば嘘になるし、自分自身に嘘を吐くという彼女にとっては赦し難い行為を選んででも、
彼女は本心を悟られる事態を避けたかった。
自分が彼に好意を抱いていることのみならず、他人の意識の中で自分と恋愛沙汰を切り離しておいて欲しがった。
そこまで認めておきながら、彼女はいつもならしないような想像をした。
もしも彼が自分にも好意を抱いてくれたらどうだろう。そしてそれを自分に伝えてくれたら。
それでも私は今の在り方を貫こうとするのだろうか。
やっぱりこんな想像は止めよう。
人はこれを妄想と呼ぶのだ。
オーガスタは溜め息を吐くと、周りを見回して自分の置かれている状況を把握しようとした。
今はエーアトベーレの帰りの列車の中で、私の隣にはエリカ、向かいにはミンナとマリーンが座っている。
一晩中騒いだのであろうミンナとマリーンは肩を寄せあって眠っており、エリカはいつものようにぼうっとしている。
こんな状況だからこそ、私も物思いに耽っていられたのだ。
私は油断したまま自分の世界に戻ろうとすると、エリカが不意に声をあげた。
「オーガスタは何も聞かないのね」
私の方をちらりとも見ずにそう言った。
この様子だと散々皆に問い詰められたのだろう。
エドの御姉様達に呼ばれてどこかに向かったかと思えば、オルフェと親しげに帰ってきたのだ。
いくらシュトラール補佐とは言え、有り得ないことだ。
それは他の女子達よりも補佐の私たちが分かっている。
「あら、聞いて欲しいの?誰に聞かれてもはっきり答えなかったらしいじゃない」
少し意地悪な言い方だっただろうか。
「だって私が何を言ってもみんな信じてくれないんだもの」
「でしょうね」
「ねぇオーガスタ」
「私この学園に入って本当に良かったと思うの。
こんなに幸せでいいのかと心配になるくらい。だからね、」
エリカが予測不可能なことを言い出すのはいつものことだが、今度ばかりはこっちが心配になってきた。
「どうしちゃったの」
「エド様は四号車と五号車の間のデッキにいらっしゃるわ」
エリカの目が、分かるでしょう?と言っていた。
そんな芸当が出来る子じゃなかったのに。
何が彼女をこうさせたのだろう。
「それがどうかしたの?」
少し勿体付けて言う。
「お話してきたらどう?気が晴れると思うわ」
気が晴れるだと?何という言い方をするのだ。
「私が落ち込んでいるか、それとも苛立っている様にでも見えるの?
それに万が一私がそうだったとしても、どうしてエド様なのかしら!」
はっきりとエリカに言い返してから、目の前でこの二人が眠っていることを思い出した。
「ただの勘よ・・・。シュトラールの方々の中でも、特にお話していて楽しいのはエド様じゃないかしら。
 だからそう言って見ただけなの。嫌な思いをさせたなら謝るわ」
エリカは謝罪の色を微塵も見せずに言った。
私はエリカに言い返す言葉を探し続けながら、立ち上がった。
「貴女がそこまで言うなら行って来るわ」




エリカの言った通り、4号車と5号車の間のデッキで、誰かと全く同じ顔をしてエドはぼけっとしていた。
「こんな所で何をなさっているんですか」
「食堂車のトイレに行ったオルフェを待ってる・・・ってのは嘘だけど」
この人はどんな女子に対してもこんな冗談を言うのだろうか。
問い詰めてみたくなる。
「いいじゃないか、オーガスタだし」
一瞬私の心臓は大きく跳ねる。
それから、私はこの人にどう思われてるのか考えてしまう。
悪い想像をする。
「わ、私はまるで女子だと思われてないような言い方ですね」
精一杯強がってみる。
「そんなことないぜ。
 いくらオーガスタがその辺の男子部員よりも乗馬の腕が数段上で、
 何でも出来ますって顔して家政が苦手で、下級生の女子からラブレター貰っててもな」
彼の言った言葉の意味を理解するのに、少し手間取る。
ただ一言、冗談を交わす口調で、酷いですわ、と言えればいいのに。
それだけなのに。


エドは本当に冗談のつもりで、そう言ったのだが。
何も言い返してこないオーガスタを見て、しまった、と思った。
どうしたら悪気は無いと伝えられるだろう。
「別にお前が女らしくないとか、そういうことを言ってるわけじゃないぜ。
 お前はいいヤツだし、補佐の仕事も完璧だし、それに」
「そんなフォローいりません」
オーガスタは俺の目を見ずに、俺の言葉を遮った。
「私は自分が女に生まれたことを悔やんでますから。
 そんな事言われても」
女らしいとか、そういった事が彼女にはタブーらしいというのは薄々感じていたけれど。
でも俺が彼女に伝えたいのはそうじゃなくて。
俺が何も言えない間に、彼女は悪い言葉を重ねる。
「私は羨ましいだけです。エド様達が当たり前に出来ることが、
 私には努力が必要だったり、許されなかったりするんですもの。
 それでまた自分が嫌になるんですけどね」
「そんなことない」
オーガスタは顔を上げて、俺の表情を伺った。
「俺はお前が女子で、ウチの学園の生徒で、良かったと思ってる。
だからお前がシュトラール補佐に選ばれて、一緒に仕事したり、こうやって話したり出来るんだ。
それは絶対悪いことじゃないって。そうだろう?」
彼女は目を丸くして、それからまた俯いた。さっきとは少し違う風に。
それから俺の目を真っ直ぐ見た。
「エド様はずるいです。出直してきます」
そう言って列車の中に入ってしまった。
本当に言いたいことはもっと別にあるのに。
彼女は行ってしまった。







Fin



この時代の列車にトイレがあるのか、そもそも列車の造りが分かりませんが。
エドはこういう言葉をさらっと言える人なんです。
時間軸はコミックス4巻です。