silent step




 細くて軽い身体を両手に抱えて、エースは暗い階段を登っていた。
 さっきまでは双子も居たけれど、今は一人だ。
 腕の中の人は、もう動かない。
 エースが一歩前に進むたびに、地面に垂直に垂れた長い髪が揺れる。
 響くのは自分の足音だけ。
 もうどれだけの高さまで登ったんだろう。
 時計塔の階段は暗く長い。
 時折階段の窓から見える街の景色から、もう随分と登ったはずなのにと思う。
 足も腕も痛いはずだけれど、足を前に進めるのは止めない。




 やっと時計塔の住人の明かりが見えて、階段を登る速度を上げる。
 「ユリウス!出てきてくれよ」
 重そうな扉を開ける音がして、ユリウスがエースを見下ろした。
 「何故ここに来た」
 「アリスが動かないんだ。
  帽子屋の連中の銃撃戦の時に近くに居たらしいんだ。
  それで流れ弾が当たって」
 「何故彼女をここに運んできたかと聞いている」
 ユリウスは咎めるように云う。
 「彼女を生き返らせてくれ。
  ユリウスなら出来るだろ」
 言葉は叫びにもならなくて、エースの口から零れ落ちる。
 「出来ん」
 「なんでアリスが動かなくなるのさ
  だってこの世界は・・・」
 「彼女はこの世界に適合しなかった。それだけだ」
 さも、当たり前のようにユリウスは告げる。
 おかしい、とエースは思う。
 どうして動かなくなったアリスを見て、ユリウスは悲しまないんだ。
 こんな暗いところに閉じこもっているからだ。




 「ユリウス・・・」
 エースはもう一度強くアリスを抱え直すと、下を向いた。
 アリスの上にぽたぽたと涙が落ちるけれど、階段は暗くてユリウスには見えない。
 エースにも耳があったら、彼の全身に流れる感情が判り易く現れるのかもしれないけれど、
 今は悲しみに耐えてるのか、怒りに震えているのか、怯えているのか判らない。
 「話が違うじゃないか。君は嘘なんかつかないのに。
  アリスをもう一度動かしてくれよ。
  こんなの間違ってる」
 「自分が何を言ってるかわかってるのか、エース」
 エースからはユリウスの表情も見えない。
 「もう一度彼女を動かしてくれよ。
  時計塔の住人だろ?」
 「彼女の心臓は時計で動いていない。
  その心臓が止まったんだ。私には直せない」
 ユリウスは黒い服を着た友人を見る。
 優しい彼の髪の色には、この場所は似合わないと思う。



 「ナイトメアなら、彼女を動かしてくれるかな」
 さも、名案だと言う様にエースは呟いた。
 そんなのは無駄だ、と口にすることが出来ない。
 屈託の無いエースの微笑みに、影が落ちるのは見たくない。
 悲しみを受け入れたエースなんか見たくない。
 乗り越えるなんてもってのほかだ。
 「うん、そうする。夢魔に会ってくるよ」
 くるっと身体の正面をユリウスから外すと、階段を降り始めた。
 腕に乗せられた頭から零れる髪が大きく揺れる。
 ユリウスには止められない。
 慟哭はまだ先のこと。




  追記
     ユリウスとエースの関係が好きなのです。
  二人の関係が、アリスを挟んで変わったり変わらなかったりするのが。





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